コンビニで買い物する素敵な女性

コンビニによって商店街や個人店舗が駆逐されたのではない

どこに行ってもコンビニだらけ。という風景は、私たちが求めた結果です。みなさんがコンビニを求めているから、こうなったのです。

主要道路沿いや、ちょっと地方の駅前などによく見られる、コンビニばかり、ファミレスばかり、チェーン店ばかりといった意見をまま聞くことがあります。

なぜ、そうなったのかと言うと、個人の小さなお店を維持するのは難しくなっているからです。

もし、個人の小さなお店がどんどん潰れていることを危惧するのであれば、

今すぐコンビニの利用をやめるしかないのです

みんながコンビニに頼りすぎた結果が、商店街や個人経営店舗を駆逐してしまったのです。

  • 酒とタバコは必ず売っている
  • 生活に必要なものは一通り揃っている
  • コンビニスイーツは秀逸
  • コーヒーも淹れたて
  • お弁当おにぎりサンドウィッチ更にお惣菜も充実

そして24時間いつでもやっているという最大の特徴は、他のどの店舗形態をいまや凌駕してしまっているのです。

おそらく、いまお店を始めようと思ったらコンビニがもっともローリスクだと思います。

近年はちょっとしたイートインコーナーのあるところが増えて来ていて、カフェをも取り込もうとしています。

これも、みんなのニーズに応えた結果です。

コンビニはどのようにしてこうなったのでしょう?

私的にコンビニヒストリーを振り返って見ましょう

ここで、私のコンビニ歴を振り返って見ようと思います。
コンビニを愛し、時には憎み、寄り添ってきた歩みを。

私が小学生の頃、酒屋(酒屋といいつつ駄菓子やら、ゲーム機やらが置いてあり、当時の子供にとってはたむろするためのひとつの遊び場)だったところが、中学生になる頃だろうか?、正確には覚えていないが、この酒屋が「サンチェーン」になったのだ。

※サンチェーンは後にローソンとなります
>>サンチェーンのウィキペディア

これが私のコンビニ初体験でした。この私が通っていたサンチェーンは、当初24時間営業ではありませんでした。

ほぼ同時期、「セブンイレブン、いい気分と」いうテレビCMが大量に投下され、現セブンイレブンが、その名の通り朝7時から夜11時まで営業すると高らかに謳うようになってから、あらゆるコンビニと呼ばれるそれが追従するようになってからです。24Hになったのは…。

のちに24時間営業はあれよあれよとあたり前となり、私の初コンビニ体験であるサンチェーンもすぐに24時間営業になったと記憶しています。
下記参照
>>コンビニが24時間営業になったのはいつから?

私が当時最も便利だと感じたのは、マンガ(週間少年誌)が立ち読みし放題(ホントはダメなのだが)というのと、やはりその深夜までという営業時間でした(今となっては雑誌コーナーは駆逐されつつあります)。

当時から深夜に行くと店長(要は元酒屋のおっちゃん)が、目を真っ赤にショボショボさせながらレジを打っていたのを覚えています(当時はPOSレジはありません)。今思えば、その頃から深夜の人手不足は始まっていたのでしょう。

このサンチェーンで、友人が万引きして捕まったという印象深い出来事とともに、このコンビニとの思い出も薄くなって行きました。

そして時代は深夜営業が基本に

時代はあらゆるものが24時間営業に舵を切って行きました。レンタルビデオ屋、居酒屋、ファストフードなども次々と不夜城と化し、当時若者の私としては、朝まで過ごす場所には全く困らなくなっていました。

私がセブンイレブンで印象的なのはブリトーでした。

言うまでもなくセブンイレブンの大ヒット商品であり、私は当時からこのブリトーにやられてしまったのです。

お店でレンチンするというコンビニならではの特性(当初はこれが斬新でした。カップラーメンのお湯の供給くらいまではなんとか他店舗でも可能でしたが、当時は全ての家庭には電子レンジはなかったのです…どんだけ昔?)を活かしたブリトーは、今でもセブンイレブンの棚に並んでいるロングセラー商品にもなったのです。

ちょっとフクロ破りますね〜

セブンイレブン

この名言も後に生まれました。当初はよく爆発していました。

更に、おにぎりの海苔が分化したパッケージになった時も驚きました。これでいつでもパリパリの海苔でおにぎりが食べられるようになりました。

とにかく、コンビニは人々の欲望を満たすため、

それこそ24時間努力を惜しまなかった

のです。

その後コンビニは、肉まん、おでん、宅配便、コピー機、公共料金の収納代行、チケット販売代行、もう数え上げたらキリがないサービスを次々と提供して「コンビニエンス」して来たのです。

コンビニの進化は社会の変化を常に映し出してきたと言っても良いでしょう。

「もっと便利に!」を大号令に、とにかくコンビニは走り続けたのです。

何も振り返らずに…。

そう、今思えば、この便利さという名の「コンビニの誘惑」が、私にとっては一時期憎悪となっていたのを覚えています。

コンビニを利用することになぜか背徳心を抱きつつ、いつでも迎え入れてくれるそのコンビニに結果として癒されているというジレンマからでした。

コンビニで飲み物を選ぶ素敵な女性

そして話は戻って現代

話は現代に戻って。
その背徳心は今もあります。

コンビニさえなければ、こんな深夜にドーナツを頬張るなんてことはないはずなのに…。

コンビニさえなければ、9%のアルコール飲料をこんな深夜に飲み歩くこともないはずなのに…。

コンビニさえなければ…。

コンビニは人々の欲望の塊

と化した結果、商店街は衰退し、今ではスーパーをも脅かしています。

淹れたてコーヒーを提供し始めてからというもの、そのライバルにドトールコーヒーやその他カフェチェーンを加えることになり、あれだけ仲が良かった缶コーヒーメーカーをも締め出そうとしているのです。

コンビニはあらゆる店舗(売るもの)を浸食し、流通形態も進化させました。1日3回、商品が届くのです。

この流通網を進化させたのは、欠品を許さないコンビニの発注システムによるところが多いと考えられます。

街の小さなお店がどんどん潰れていることを危惧するのであれば、今すぐコンビニエンスストアの利用をやめなければならないのです。

運搬業の運ちゃんのブラック化を止めたければ、今すぐコンビニエンスストアの利用をやめなければならないのです。

街の小さなお店は確かに、手作りの食べ物や情緒、温かみを売ってきました。

だが、私たちはそれを自ら捨てたのです

これは、コンビニエンスストアのせいではないのです。

あらゆる便利をコンビニエンスストアに求め、みんなの出した結果なのです。

もちろん、夫婦共働きや、一人暮らしの増加、深夜までの労働など、ライフスタイルの変化が、コンビニにマッチしてきたのは言うまでもない。
折しも「コンビニ人間」が芥川賞を受賞したのも必然かもしれません。

私が何をやればいいか、全てはコンビニが教えてくれる

コンビニ人間

そう、あなたは何も考えずにコンビニに行けば良いのです。そうすればあなたが何をすべきかは、コンビニが教えてくれるのです。

そしてもう戻れない

コンビニはもはやインフラとなりつつあります。
多分コンビニがないと生活出来ないであろう、お年寄りも居るでしょう。

日本の生み出した最先端小売店舗システム。

嘆くのではなく、誇るべきかも知れません。

こうなると考え方を変えて、いかにコンビニと寄り添って、社会的インフラとして役立ってもらうかを考えた方が良いかもしれません。

あなたは毎日コンビニで、いくら使っていますか?
そのアクションが、町の小さなお店を駆逐したのです。